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どこか違う誰かに 鳥籠の中の私 【ネット小説】

「お大事になさいませ。」

京香は診察券を渡しながら患者に軽く微笑んだ。

 

仕事の間は何も考えなかったし、考えることもしなかった。

ただ、ひたすら仕事だけに打ち込んだ。

【時間】だけは早く過ぎ、もう仕事は終わろうとしている。

蓮司が迎えに来る‥。

 

「お疲れ様でした。」

他の職員に頭を下げ、ロッカーに向かう。

ロッカーを開け、バッグの中を見ると携帯を持って来るのを忘れていた。

終わったらラインすると伝えていたのに‥。

蓮司は迎えに来ると言っていたけれど、連絡手段が見つからない‥。

病院の玄関に迎えに来るといっても大きな病院なので入口は3つある。

1つはロータリーでもう1つはタクシー乗り場。そして救急入口。

ロータリーかタクシー乗り場かな‥。

 

もう、どこに迎えにきているのかな、なんて考えられなかった。

歩いて帰ろう‥そう思った。

ここで会えたら、それはすごいよね‥。

そんなことを考えながら、バスロータリーの方へ向かう。

正面入り口はいつも通る道だけれど

今日はなんとなくこっちを選んで歩いた。

 

階段を地下へ降り、下って歩く。足取りは重かった。

硝子越しに夕焼けが見えた。

もう明るくなってきたな、

そんなことを考えてまた階段を降りようとした。

その時、ガラス越しに蓮司が歩く姿が見えた。

 

いた‥。

鼓動が早くなる。

逢えた‥。

あえて、蓮司の方は見なかった。見ることができなかった。

階段を降り、見ないまま真っすぐと歩く。少しだけ顔を上げた。

ポケットに手を入れたまま歩く蓮司の姿を見つけた。

蓮司は気づいていない。うつむいたまま真っすぐに歩いてくる。

距離が近づく。

 

「蓮司。」

声をかけたのは、京香からだった。

「おかえり。携帯忘れて行ってたでしょ。

だから、直接行くしかないかなって思ってた。」

京香は気づいてしまった。

蓮司のその【声】とその【笑顔】は蓮司ではないこと。

「今日、何かあったの?」

咄嗟に出た言葉だった。

「京香こそ何かあった?」

「何でそんなこと聞くの?仕事だよ?」

「仕事でも何があるか分かんないでしょ。」

笑っている声は決して笑ってなどいない。

「いつもと違うけど本当にどうしたの?」

「京香がいつもと違うなって思うから‥。」

あたしが違うの?

京香は走る車の道路の先を眺めた。

なにを言ってるの?分からない‥。

 

【いつもと違う】こと。

【いつも】ってなんだろう。

「いつもと違うね。」なんてよく言うけれど

これだけ近くにいる人が【違って見える】こと。

大切な人が、愛する人が【違って見える】こと。

違和感があることには間違いはないのだろうけれど

【いつも】ってなんだろう、と思う。

 

 

家に着くと、お弁当袋はリビングの机の上に置いてあった。

京香はお弁当箱と水筒をすぐに洗った。

 

夕食の時も、蓮司との会話は少なかった。

 

「俺、もう寝るわ。」

時計は21時過ぎ。

いつもは23時過ぎくらいにベッドに入る。

京香は何も聞かなかった。聞かなかった代わりに

「あたし、今日は下で寝るよ。」

そう言うと2階へ上がり、枕だけ取って下へ降りた。

リビングへ戻ると、蓮司が頭を抱えていた。

「おやすみ。」

京香は一言だけ蓮司に声をかけて和室に入った。

 

しばらくすると、リビングの電気を消す音がした。

階段を上り、2階の寝室の扉を閉める音がする。

 

それと同時に京香は眠りに落ちた。

 

【夫婦】でありながら

【どこか違う誰か】になった瞬間だった。

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