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過ちの始まり ~相手を知るということ~ ネット小説【鳥籠の中の私】

今日という一日は長かった。

パートに行き、普通に仕事をして、帰りにスーパーへ買い物に行った。

帰ってきて、すぐに晩御飯の最終段階に取り掛かり

あとは、温めるだけ。

(なんだかすごく疲れたな)

ソファーに深く座り、ため息をつく。

時計はもう19時になろうとしている。

もうすぐ蓮司が帰る頃。

 

蓮司は、あの日から帰りが遅くなることはなかった。

帰る前には必ずラインを入れる。

「今終わったよ。今から帰るね。」と。

その30分後には、家に着いている。

いつものようにお風呂に入り

一緒に食事をする。

食事が終われば、いろいろな話もする。

例えば、仕事の話や休みの日はどうするか、なんて。

 

1つだけ変わったこと。

それは、夜眠るとき、お互い背を向けて眠ることが多くなった。

蓮司は、後ろから京香を抱きしめて眠ることが好きだった。

それをしなくなった。

それが京香はとても寂しく思えた。

そのことに蓮司は気づいているのだろうか。

傍から見れば、【仲のいい夫婦】なのだろう。

そう思う。

 

外出した時は、二人で手を繋ぐことはある。

ただ、後ろから抱き締められることはなくなった。

「落ち着く。」

そう言って抱きしめていたけれど

抱き締めなくなったこと。

抱き締められなくなったこと。

お互い少し変わったな、と思う。

 

今日、香澄が病院へ来たこと。

【妊娠している】かもしれないこと。

このことを蓮司に話す必要があるのか。

 

話すことではないかな、と思った。

もし、聞くことがあったら

「そうなんだ、良かったね。」で終わればいい。

 

「ライン」

スマホが鳴った。

「今終わった。今から帰るよ。」

「気を付けてね。」

部屋は綺麗にしてある。

お皿やお箸の準備をしにキッチンへ向かった。

 

「ただいま。」

蓮司が帰ってきた。

「おかえり。今日もお疲れ様。」

「今日、晩御飯なに?」

リビングで声がする。

蓮司は2階へ上がり、着替えに行く。

京香は手際よくキッチンを動く。

鍋を温め、お皿を並べ、盛り付けては運ぶ。

コップを運び、お箸を並べる。

「さ、食べよー。」

「ほーい。」

いつもと何も変わらない夕食。

いつもと変わらない生活。

 

「なあ、京香は子ども欲しい?」

思わず食べている箸が止まった。

「え?なんで?」

「京香、子ども欲しいってゆってたじゃん。」

「あー‥。」

(このタイミング?)

「俺はさ、京香とずっと二人でもいいと思ってる。」

「子ども欲しくないってこと?」

「そういうことじゃない。自然にできたらいいねってこと。」

蓮司はご飯を食べ続ける。

京香は食べる気にもならなかった。

「でもさ、京香が不妊治療したいなら、俺も協力するよ?」

言葉を失った。

協力って何?

お互い子どもが欲しいから治療をするんじゃないの?

 

不妊治療をしている夫婦をどれだけ見ていることだろう。

どれだけ子どもが欲しいと願っていることだろう。

 

それを簡単に【協力】という言葉で表すなんて‥。

不妊治療って【協力】なの?

一緒に抱えていくもの、乗り越えていくものじゃないの?

【協力】という言葉は適切なの?

もう分からなくなった‥。

泪が出そうになるのを必死でこらえる。

 

ふと、香澄のことが頭に浮かんだ。

もしかしたら、これから赤ちゃんを授かり

あの手で抱くことができるかもしれない‥。

 

また泪が出そうになる。

 

「もうお腹いっぱいになっちゃった。」

そう言って、箸を置き、席を立った。

「そか。一緒に食べるの好きなのに‥」

部屋の空気が一瞬にして重くなった。

「ごめんね。」

「いいよ、ひとりで食べる。」

そう言うと蓮司は一人でまた食べ始めた。

お皿を下げ、ラップをかける。

 

「俺、風呂入って先寝るわ。」

「分かった、おやすみ。」

そう言って、京香はソファーに座ったままスマホを見ていた。

子どもか‥。

今いたら、ひとりじゃないんだろうな。

広いリビングを見渡した。

静けさだけが残る。

 

【落ち着く】の言葉。

【安らぎ】に似ているけれど

それがもうあたしにはないのかもしれない。

そう思った。

 

【求めているもの】は何なの?

考えたけれど、答えなど分かるはずもなかった。

一緒にいる【時間】など相手を【分かる】ことではないこと。

【時間】は【知っていく】ことが必要なんだと思った。

 

あたしは何も知らなさすぎる。

知らなくていいと思ったけれど

知らなさ過ぎたんだ。

それは過ちの始まりだった。

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