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【未来】を見つめる瞳 ~それぞれの泪の意味~ ネット小説【鳥籠の中の私】

「朝ごはん、食べないの?」

もうそれ以外の言葉など見つからなかったし

沈黙が続くことだけは避けたかった。

せめて【ふたりの時間】を。

【ふたりの日常】を【ふたりの生活】を感じたかったから。

「 何があったの?」なんて聞くことも

予想すらできる事柄も改めて聞く必要もない。

 

聞かなかったのは

聞きたくなかったのかもしれなし

受け止めることができない、と自分を守ったことなのかもしれない。

同時に、蓮司を見守ることでもあったのかもしれない。

 

「いや、いい。」

「どうして?コーヒーだけでも飲んだら?」

こんな風に冷静である自分がいることに驚く。

「もう、仕事行くよ。」

「まだ、出勤には時間早くない?」

出勤するまでまだ30分はあった。

「取引先の仕事、まだまとめてなくて。」

蓮司らしくない。いつもすべて終わらせる人だ。

(この人はまた嘘をついたな)

溜息をつく。

「それなら、お弁当すぐ用意する。包まないと。」

京香は席を立ち、キッチンへ向かい、お弁当袋を出した。

お弁当箱にご飯を入れ、おかずを詰めていく。

お箸を入れ、お茶を入れる。

2階にいる蓮司に声をかける。

「用意できたからいつでも出れるよ。」

「分かった。ありがとう。」

2階から蓮司が降りてきて、お弁当を受け取り、玄関へ向かう。

「じゃ、行ってきます。」

京香の顔を見ることはなかった。

「行ってらっしゃい。」

その声にココロは届かなかっただろう。

バタンと玄関の扉が閉まる。

いつものように出勤前に京香を抱きしめることはなかった。

 

蓮司を見送り、静けさだけが残った家の中で【ひとり】思う。

雨の音だけが聞こえる。

守られた家、守られてきた家の中で思う。

あたしは、もう、この人を求めることはないのかもしれない・・。

そう思った朝だった。

 

子どもができたこと。

【父親】になるということ。

なぜ、【覚悟】をしておかなかったのか・・。

【求めてくれる人】だった。

【求めた人】だった。

だから【求めあった】。

そこに【愛情】もあった。

そこに足りなかったものは【覚悟】や【未来】だ。

大切な人を失ってしまう怖さ。離れていくという不安。

心がかき乱される。

未来を見ようとしなかった自分への過ちだ。

 

それでも命は育まれる。

大切なものとして。

 

「あなたは父親になるのよ」

その一言のラインだった。

一緒にいて欲しい、そばにいて欲しい。

そんな言葉は羅列されてなどいなかった。

だからこそ、今から生まれてくる【命の重み】や【大切】を思い知る。

 

京香に言った言葉を思い出す。

「子どもが欲しいなら協力するよ。」

なんて軽率な言葉だったんだろうと。

 

子どもが生まれるということ。

【妊娠】するということがどれだけ【奇跡的】なことであるのか。

当たり前なんかじゃないということ。

 

二人で生きていけばそれでいいと思っていたことは

俺の生き方がそう望んでいたことであって

京香は本当にそれを望んでいたのか?

俺は京香の何を見てきた?

何を知っていた?

 

京香の笑顔だけが脳裏をよぎる。

 

【母親】になるということ。

育てるということ、育てていくということ。

香澄は目を閉じた。未来を想像する。

子どもが生まれ、母親になり、育てていくことを・・。

想像できないのは、まだ実感が足りていないから。

【母親】として・・。

それでも、【命】は育まれていく。

「あたしはママになるのよ。なれるの?」

【ひとり】部屋で泪をこぼした。

 

部屋のインターフォンが鳴った。

(こんな朝早く誰?)

香澄は扉を開けた。

そこには蓮司が立っていた。

(そうだった、ライン、送ったんだった)

「入るね。」

一言だけ香澄に声をかけ、部屋に上がった。

香澄を見ると

「身体、冷やしたらだめだよ。何かあったかいもの飲む?」

香澄はこらえていた泪が溢れてきそうになる。

蓮司はキッチンに立ち

「ココアとか飲める?」

カップの用意をし始めた。

二人でココアを飲み始めた。

こんな風にゆっくり時間を過ごすことなどなかったかもしれない。

 

あたしはこの人の何を見てきたんだろ?

ココアを飲んでいる蓮司の横顔を見た。

あたしはこの人の何を知っているというの?

あたしはこの人の何を知らなければならないの?

 

蓮司がそっと香澄に手を重ねた。

まっすぐ前を見るその目は何か力強かった。

揺らぎないものを感じた。

香澄を前を見つめた。

窓の外は雨が降り続いていた。

 

初めてこの部屋を訪れた日のように、雨足はひどくなるばかりだった。

 

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